木花咲耶姫様の御神示

by天杵万乃(あまきまの) since 2006.1.23.
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2006年02月

月の異様なるを思い起こせ。(2月12日、13日の月)
初めてみる月であろう。
八方に光広がりて浄化されん。
雪降ったかと思えば夏の如し。
雨降ったかと思えば、また冬来たり。
心落ち着かず不安をもたらす。
ころころ変わりて体にも変化生ずる。
心せよ。気づけよ。今気づかねば遅し。
時、いよいよ迫り来て、気づきても手遅れとなり。
手遅れとならぬよう、まずは我が身の魂を磨き、どのような変化ありても耐えうる魂となり、前をむかん。
浄化は産みの苦しみなれど、後に幸福もたらさん。

日本はだんだんと荒れ狂う。
人も自然も日々忙し。
太陽の光は地を焼き尽くす如し。
月の光も浄化の力大きくなりし。
精神も身体も浄化されるがゆえ、苦しむ人多き。
浄化により、ガンなどの病気、説明のできぬ事故多き。
悪い者はみぐるみはがれゆく。
反省と懺悔あるのみ。
浄化されるは苦しき事。
好転の兆しとみて、ただ耐えゆくのみ。
心が落ち着かぬ者も多くなりし。
それが浄化の為だと気づきあるなら、心も身体も楽になるらん。

節分すぎて、いよいよ天の雲あやし。
日本のみならず、世界中漂う気悪し。
事件事故多く、ただならぬ。
空を仰げよ。空を仰げばただならぬ雲行き悟れるなり。
陽はギラギラと夏のように視界阻む程の光。
三歩先は雪ふぶく。
天の偉大さを人間はまず悟らねばならん。
天ありてこそ地ありて物育つ。
本物の天のありがたさ、今はわかるまい。

天ありてこそ地あり。

この言葉をまず、各家庭で認識するならば、日本の社会は古き良き時代に少しは近づく事ができようぞ。

天と地。くれぐれも申す。
逆さまはならず。
正しき順序、間違えてはならず。

古事記、日本書紀による歴史の捏造。いわゆる記紀編纂により、日本の正統な神様は封印されたと言われています。

立て替え立て直しは言い換えれば、「岩戸開き」でありまして、是非正統な神々に復活して頂かなければ立て替え立て直しの成功はありません。

ここで言う神様とは、天御中主神やスの神、大本の神と言われる根源神の事ではありませんで、私たちの遠い先祖であります祖先神の事です。そのご先祖様方がどのような「人」だったのか、本当の歴史を知る事、知ろうとする努力が神々の復活には必要です。

私が知る限り、記紀では乱暴者で高天原を追放された素盞嗚尊(スサノヲノミコト)。そして、その子であり、初代日之本の大王となられた饒速日尊(ニギハヤヒノミコト 別名:大歳神)の国造りにおける大きな働きはかなり研究されて明らかになってきています。

また、私が神示を頂戴しております、木花咲耶姫は、宗像三女神の多紀理姫(タギリヒメ)と同神であるなどの事実もわかってきています。
ですので、木花咲耶姫の父君、大山積尊(オオヤマツミノミコト)は多紀理姫の父、素盞嗚尊と言うことになります。これも記紀編纂における封印の一つであるとの事です。

私が2006年1月22日に受け取った神示の一部を紹介します。
「建日方別の神の意図を受け入れず、先祖を知ろうとする事さえない建日方別の地の民、
大切な大事な土地である事も知らず、この土地守りぬくはできまいぞ。
木の花の姫、この地に縁ありてここにいるが、土地の神様いずこにもおられず、粗末に扱われるなり。
建日方別神の事を調べ記せよ。」

「建日方別」(たけひかたわけ)とは、私が拠点の一つをおいております、吉備児島(岡山県)の古事記における神名です。
神様は全てを教えてくださるわけではありません。この児島の神がどのような神様であるのか、恐らく、人の手によって調べなければ封印は解けないのでありましょう。

まず、建日方別命が祀られている神社を調べましたが、主祭神として祀られている神社は、岡山市の国津神社一社のみ、末社に祀られている神社もわずかで、有名な所では、吉備津神社の岩山宮に祀られているくらいです。

建日方別と言う名についても、色々手を尽くして調べてみましたが、名義未詳との事で、どうやら古事記編纂の時につけられた名前で正統な名前ではないようです。

封印された神であると言う事は、神様から教えて頂いておりましたので、出雲系の神である事は想像がついたのですが、なにしろ、吉備地区における神の封印は大変きついようで、中々手がかりに辿りつきませんでした。

吉備地区には、桃太郎のモチーフとなっております、吉備津彦命と温羅(ウラ)の戦いの伝説があります。温羅はどうやら吉備の先住民で出雲の血をひく者のようです。また、児島の由加山にも鬼退治の伝説が残っておりまして、この頃に大和朝廷以前の吉備国、児島の歴史は封殺されてしまったようです。

建日方別が、出雲の神であるならば何か、建日方別と出雲の神を結びつける文献のようなものが無いかと考え、色々調べた結果、吉備津神社の資料の岩山宮(建日方別)に関する部分に、住吉太神之荒御魂神也とありました。住吉太神は表筒男神、中筒男神、底筒男神の三神を表しますが、資料にはその荒御魂とあります。

住吉太神の荒御魂とは、塩土老翁(しおつちのおぢ)と呼ばれる神様で、海の神様であり、名前の通り塩業の神様ともされております。児島はかつて塩業の盛んな土地でありましたので、土地神として相応しい神様です。

そして、この神様は出雲の神、猿田彦命(サルタヒコノミコト)と同神である事がわかりました。
この事を、神様に報告したところ、「間違いない」との返事でありました。

ですが、現世的にみれば、猿田彦命と児島を結びつける証拠は今の所、手に入っておらず、いくら神様からのお墨付きを頂いていても、人間界では仮説にすぎません。私は縁あって、児島に拠点を置いておりますので、今後も猿田彦命と児島の歴史を調べて、児島において猿田彦命に復活して頂かなければなりません。

現在、児島半島において、猿田彦命を主祭神とする神社は倉敷市林の福岡神社と言う小さな神社、一社のみです。
神様は6年後(2012年)には、児島全体に猿田彦命をお祀りし、復活していただかなけばならないと、おっしゃっておられます。

岡山市では、近年、先述の温羅をモチーフとした「うらじゃ祭り」が大変盛り上がってきています。
このお祭りは、桃太郎ではなく、鬼である温羅が主役であり、人々は鬼をイメージした化粧をして踊ります。

これもまた、神々の封印を解く一つの働きかもしれません。

神々の封印を解かなければならないのは、児島だけの話ではありません。
皆様も、是非自分の暮らしております土地の神様、すなわち遠いご先祖様に思いを馳せ、その土地の歴史を紐解いてみてください。その事が、神々の封印を解くカギとなります。

日本国の国民の中には、最近富に頻繁になりゆく地震、台風、世の中の出来事にようやく、これはどうした事かと考えゆく者、増えゆくなり。
災害のみならば、温暖化ゆえと結論付けられるが、2005年より暴かれゆく嘘、隠し事、悪事、予期せぬ事故、心が締め付けられるような事件の数々。
日本、また日本のみならず、世界もまた病みゆく事に気づかされつつある者多し。
天が曇りゆく事、何としたものかと考える者もちらほら。
天を動かすは、人間の心である事、悟りうるなら富士山が爆発する事など有り得ぬ事、何度も申すが、そを人に伝えゆけ。まだまだ足りぬ。
今気づきし者ありても、行動に移さずば力とはなりえぬ。
神は人間が人間として、美しき魂を取り戻さん事を願うのみなり。
まず、言霊を正せよ。正しき言霊の使い方をすれば、世界平和叶うなり。

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