神は特別の存在には無きことよくよく悟られよ。
神は常に人間の傍におられ、見守り続けられし。
人間は神の子なれば、いたずらに精神世界につかり現実逃避するは危険極まりなき。
神に近づきたきゆえに滝行、荒行。さなる無謀も神は望まず。
人それぞれに備えたる能力、体力の中にて努力すればよけれ。
神に真の感謝捧げればよけれ。
そが神喜び、神に近づく一番の道なり。


神様の事を知りたい、神様の声を聞きたい、姿を見たい。

このような欲求は信仰心を宿す人にとって自然な感情です。

ただ、その事を願うがあまり、いわゆるスピリチュアルな世界に浸り込んで、精神世界の知識を得ることや特別な修業をすることが魂を浄化すること、神に近づく事だと勘違いしてしまうことがあり注意が必要です。

私達の修業はあくまで日常生活の中にあります。

神の子である私達人間は、行動の一つ一つ全て、日常がスピリチュアルそのものであると言うことに気付いてください。

例えば毎日作る食事は、健全な魂と肉体を作り上げるために重要な意味を持っています。
自分や家族の魂を喜ばせる食事を作ることと考えればそれはとてもスピリチュアルな事です。

掃除にしてもアイロン掛けにしても、日々繰り返す仕事にしても、スピリチュアルな意味が籠められているものです。

そこにいわゆる霊感など必要無く、神様の声が聞こえる必要もありませんし、姿も見える必要はありません。
今の時代は過去を遡ってもどの時代よりもシャーマン的な能力を持つ人が多いそうですが、それは、立て替え立て直しを成功に導くための特別な状態であり決して自然な事ではありません。立て替え立て直しが成功すれば、自然な状態で神の意を察知し生きていく事ができるミロク世の人の時代が訪れます。

スピリチュアルな世界に心惹かれて神様に近づいて下さる人が増える事は素晴らしい事ですが、神を求めるあまり、かえって神様の思い、願いから離れてしまい、魂を穢してしまう事が無いよう、日常を大切にお過ごしください。

木花万乃