投稿して頂きました質問より。

・神様は万物を創造されたのなら何故、魔も存在するのでしょうか
過去の神示より

人よ悟れよ。悪ありてこそ善ありきを繰り返し申すが、善のみならば生きる意味なし。善のみならば人類は成り立たぬ事を。
人の中には悪の心あり。善の心あり。
善と悪とが戦いつつ生きるものなり。
理想の世は善と悪とが均衡を保ちつつ生きる事らん。
されど今の世は悪を抑える心、秩序乱れ均衡保てぬなり。
普通の人間が罪をおかし、殺人までおかしゆく。
普通の子が人を殺し、親を殺すなり。
悪を抑え勝つ心弱まるなり。
それゆえ我が身のみは罪人とならずと考えるは間違いなり。
己の心の悪を良き方に導けよ。
嫉妬、羨望の心を持たば、それをバネにせよ。
それに打ち勝つ努力をせよ。修行をせよ。
人に恨みを持たば、己が穢れゆき、魂穢す事まず思い起こせよ。
うらみのエネルギーは凄まじき。我に跳ね返るものなり。
己の中の悪と戦い修行し、魂を浄化するべし。
人間の中にある悪、それは己一人にあるものではなき。
されど、悪に支配されぬ強き心作り出すは己自身なり。

我にありし邪心、悪心と戦うも人間の修行なり。魂磨きなり。

今の悪と、必要悪は全く異なるものなり。
昔の善悪と今の善悪は大きく異なるなり。
悪の中に善あり。善の中にも悪があり。
全てが善のみなればこの世は滅ぶなり。
なれど、今の悪、その裏に善無き。ただ害を与える悪のみ。
今の悪、必要悪に無し。そを間違うなかれ。

己の中の悪と向かい合った時、己を貶めるなかれ。
己の中の悪に気づかぬ者も世の中多し。
また、気がつきても改むることなく、魂穢す者も多き。
己の中に悪ありは、皆々同じなりき。
そに気がつき反省する心ありなば、必ずや向上し得るものらん。
いたずらに己を責めるなかれ。

全ては表裏一体です。「魔」「悪心」は私たちの心の中に確実に潜んでいるものです。
何故なら、心の中の魔、悪心と戦うことにより、人は善の価値を知り魂を磨いていくことができるからです。

魂を浄化すると言うのは、自分の中の魔と戦い、人として成長してく事です。
人間である以上完全に消し去ることは不可能ですが、できる限り魂を美しい状態にして神様にお返しするのが私たちの努めです。